ドライバーレポート【1】
平成28年2月某日
道路沿いの明るい光に満ちた繁華街の外れの交差点を過ぎると、そこにはヌルりとした漆黒の闇が広がっていた。 人間の活動する時間帯を過ぎ、魑魅魍魎の跋扈する空間に、私は車を走らせている。
道路脇にうずくまる1匹の猫の目が、クルマのヘッドライトに異様に光ったその瞬間、猫は私のクルマの前を横切った。 昔、同じような行動をとった猫が、私のクルマのフロアの下を何度か激しい衝突音を響かせながら後方へ移動していった記憶が蘇る。
ここは県道で、道幅はさほど狭くないが、時折すれ違う地元のクルマは、かなりのスピードだ。今夜の送迎車は少々不慣れな乗用車だから、速いクルマとのすれ違いや追いつかれた時の対処に少々困惑する。
ぴたりとついてくるクルマがあるので、脇道へ避けてやり過ごそうと、右折してみた。するとそのクルマもついてくる。なんのこっちゃ。曲がらなければ良かった。仕方なく路肩へ避け、やり過ごしてからUターン。 間もなく大きな交差点を右折する。交差点際の少し大きめの商業施設は、昔何度か立ち寄ったことのあるお店。とても懐かしい。
いよいよ今夜の宴会場の居酒屋に到着。しかし全く渋滞なく走ったため、コンパニオン入場時間まで、まだ30分ある。でも、電話してみれば「入ってよ」と言われるかも知れない。早めに入れれば、その分延長をもらえるかも知れないからと、幹事さんの携帯に電話をかけた。
「今夜は9時からお願いしてるんだよ。女性もいるんで、ちょっと待ってよ」
おっと、女性がいるんだ・・・。9時になればその女性が帰るから、その後に入場してよという、そんな意味か。 暗闇の駐車場に駐車して時間を潰す。コンパニオン達は念入りに化粧を直している。
約束の時間になり、お迎えが来たので入場。
「今日は有難うございます。よろしくお願いしま~す」。
さて、これからはドライバーのディナータイムだ。海辺だが草原の中の一軒家という感じのこの居酒屋の周辺には「食堂」がない。先ほど通り過ぎてきた繁華街まで戻らないと、食事にありつけないのだ。なぜこんなところで商売ができるかというと、近くに大きなペンションがあり、目の前には広い駐車場もある。ここ平砂浦海岸は、夏場は海水浴客で 夜通し賑わうところなのだ。しかし今はまさに”冬場”。客を待っていては無駄に経費を浪費するだけだ。従って、予約の入った時だけしか営業しないのだという。今宵はまさに、ピンクコンパニオン宴会の予約の晩であったわけだ。
片道20分かかる暗黒の道を走り、まずはガソリンスタンドを探す。セルフでリッター102円。100円を切る店が出始めているのに、少し高くないかなと思いつつ給油する。金額を表示する液晶パネルが壊れていて、数字が読みにくい。別のピットに入れば良かったなどと思いつつ、給油を開始してしまった以上、変更もできない。
さて次は食事、食事・・・って、時間が遅いため、開いている店が少ない。田舎町じゃこんなものか。
目に入ったのが「どさん娘ラーメン」。最近あまりお目にかからなくなった看板だ。たまには札幌味もいいか、ここにしよう。味噌バターコーンラーメンをすする。妙に懐かしい味わいが、口いっぱいに広がった。やっぱ、ラーメン、好き。
宴会終了まで仮眠を取っておかないと、帰りの道中が眠くて辛くなるから、急いで現場に戻って仮眠の支度だ。 支度といっても何のことはない、丸めたバスタオルを枕替わりにして、運転席の背もたれを倒すだけのことだ。 時計を見る。22時30分。なにっ!もうそんな時刻か!延長がなかったらほとんど眠れないじゃないか。 ま、1時間くらいは延長になるさ、眠ろ、眠ろ。
と、程なくけたたましく鳴る携帯電話。リーダーからだ。まさか延長なしかと思いつつ
「お疲れさま~」と言うと、案の定ポッキリで終了とのことだ。なんだそりゃ。
今夜のお客様は本番目的で、「抜け、やらせろ!」の一点張りだったとのこと。中には派手目の刺青をした方もいらっしゃって、やんちゃな集団であったようだ。裸になってゲームをして時間を過ごすものの2時間を潰すのが精いっぱいで、終了早々退散してきたわけだ。
延長が取れなかったのには、もうひとつの理由があった。お店が23時で閉店なのだ。
がっかりしながら走る帰り道は、殊更に眠気がさすものである。
綾小路 誠